みゅーじっくじゃぱんりすにんぐのうと
日本音楽聞書帖
 
(58) シリーズ公演が醸す味わい 笹井邦平
 

異次元の橋を渡る女人

 

「源氏舞 終焉の章・上〈夢〉」(12月6日・銕仙会能楽堂)。

古澤侑峯という女流舞踊家が日本が世界に誇る珠玉の王朝文学『源氏物語』五十四帖を舞で表現するというとてつもない試みを続けている。2001年に始めて年2、3回の公演を重ねて8年、コツコツと積み上げてきた舞台が終焉を迎える。公演は東京・京都などの能舞台・寺院などで主に催され、東京でのメインステージとなった能楽堂で最終公演が2日間行われた。

プログラムはこれまでの演目よりセレクトされた「蜻蛉」「手習」「夢の浮舟」(舞:古澤侑峯、語り:人村朱美、琵琶:田中井琇水、笛:阿部慶子、波紋音:永田砂知子、笛:雲龍)。今宵の演目は浮舟に纏わるエピソードを集めた3番。薫大将と匂の宮という2人の男性への愛の狭間で悩む浮舟は川に身投げを試みるが、気絶して倒れているのを僧都に助けられて生きながらえるが記憶喪失となる。僧都の祈りで記憶は戻るが忌まわしい前世を断ち切ろうと出家する。そこへ薫の命を受けた浮舟の妹が薫の手紙を携えて訪ねて来る。千々に乱れる心を必死に抑えて浮舟は妹に逢わずに返す。

こんな女の悲しい性を侑峯はゆったりした間と音の無いサイレントで綴る。血の気の通わぬ白い顔で御幕より現代のスピードを嘲笑うかの如きゆったりと橋掛りを渡ってくる彼女はこの世の人ではない。あの世よりの使者だ。自殺を図り記憶を喪失した浮舟の魂の啜り泣きを琵琶歌が切々と歌う。ワクワクドキドキするサプライズが全くない。

21世紀の倍の超スローな所作と音楽に挫ける観客は誰もいない。現代にはない時空間が逆に観客にとってサプライズであり癒しなのかも知れぬ。それを逆手にとった侑峯のしたたかな演出の勝利である。

このスタイルに賛否両論の乱れる中彼女は8年間自らの信念を貫いた。自らの芸道を正当化するために。多少の入れ代わりはあったかも知れぬが観客も彼女について来た。彼女の芸人としての一つのピースが終わる。もうワンランク上のピースへのチャレンジが彼女の中で蠢いている。あの小柄で華奢な身体のどこからそんなエネルギーが生まれてくるのか。この間彼女は母・古澤侑をはじめ身近な人を何人か亡くした。でも彼女は舞い続ける。ITに占拠された現代社会を全く無視した超スローな間取りと血の気の引いた白い顔で、決して微笑むことのない動かぬ表情で、しかし、彼女の胸に溢るる想いは彼女の身体から自然に滲み出て観衆を魅了する。

古澤侑峯はあの世とこの世を繋ぐ巫女の如き芸人である。現世に疲れ時折ふと彼女の後を追って異次元の世界へ足を踏み入れてみたくなるのは私だけだろうか……。